チェンソーカービングの安全普及への提言

チェンソーアートの普及と安全対策についての提言
全日本チェンソーアート研究会主宰 
城所啓二



 私がチェンソーアートに取り組んで4年がたった。チェンソーアートとは、チェンソーで丸太などを削り、動植物や人、物などを造形する芸術である。せいぜい数時間で完成するので、見ている人の前で製作することも多く、ショー的要素を含んでいる。
 この新しいアートは日本国内で急速に広まり、今や全国に500人以上のチェンソーアーティストが誕生したと言われている。もっとも把握できない人も相当数いることが推測できるから、実体はさらに多いかもしれない。
 そんな状況の中で、今一番考えなくてはならないのが安全対策である。なぜならこのアートはチェンソーという非常に危険な道具を使用するからだ。説明するまでもないが、チェンソーは、丸太だけでなく、人体も容易に切り裂くことができる。しかも一瞬の油断が事故を引き起こすから、注意してし過ぎることはない。
 しかし、チェンソーはホームセンターや農機具店などで簡単に手に入るため、イベントなどで見た様子を真似て自己流でやり始める人たちが多くなってきた。メディアの影響も大きいだろう。しかし彼らの安全対策は、極めて心もとない。
 そのうえ今までのチェンソーの使用規定では想定していない使い方をするため、一見して危険だと判断されるケースも少なくない。もし我流のチェンソーアーティストが重大な事故を起こした場合、一気にブームが去る可能性もあり得る。
 私や、私が所属するアメリカの組織MASTERS OF THE CHAINSAWでは、このアートをエンターテイメントのショーとして行い、一般に普及させることは別のビジネスだと考えている。むしろサーカスと一緒で、簡単に真似することのできない、たいへん危険な技術を披露するショーだからこそ成り立つとさえ言える。
 チェンソーアートをあまり趣味として普及させない方が良いのではないかと考えたこともある。危険なだけでなく、私たちプロのショーカーバー(チェンソーアートをショーとして見せることを仕事とする人)にとっては、あまりチェンソーアーティストが増えてしまうと、その分仕事が減る可能性がある。いっそ特殊技術として秘匿し、イベントで披露する方がうま味があるかもしれないからだ。
 しかし、それでも勝手に真似てやり始める人は出るだろう。いや、すでに次々と登場しており、押し止めるのは難しい状況だ。それなら積極的に安全普及を行い、新たな業界を形成した方が有意義ではないか、と思い直した。その方が現実的であり、新しいビジネスモデルになるかもしれない。それにチェンソーアートを普及することで、新しいチェンソーの使い道を提案し、またアートの素材として木材の消費を増やし森林産業の末端に連なれば、日本経済にとってもメリットが高まるのではないか。
 もともとチェンソーには、「危険な機械」というイメージが強く、林業など特殊用途の機材と思われている。しかし、チェンソーアートという庶民的な趣味を通してイメージを一新すれば、幅広い層のユーザーを誕生させることもできるだろう。
 実は、チェンソーアートは、業界にとって新たなユーザーを開拓するチャンスでもあるのだ。チェンソーアーティストは、従来のユーザーよりも多くのチェンソーを必要とする。一人最低2台、ベテランでは10台以上も所有する人がいる。消耗も激しく買い換えも多い。にもかかわらず、趣味の道具ゆえ金に糸目をつけない傾向がある。規模の小さい農機具店が、数名のチェンソーアーティストを常連客にするだけで売上を大きく伸ばした例もある。もちろん素材としての木材需要も増える。毎回新しく購入するわけだから、熱心なカーバーは結構な量を消費するのだ。しかも、一般の製材などにはならない曲がりや傷の入った丸太でも充分使える。また作品は、出来にもよるが、たいてい素材の数十倍もの価格で取引される。それらを合わせると、馬鹿に出来ないマネーフローを生み出すのだ。
 危険性に関しても、正しい情報さえ提供されれば、安全に作業を行って事故を起こす確率を低くすることは可能だ。防護用チャップスやゴーグル、イヤープロテクターなど安全装備の装着率は、一般林業従事者よりもチェンソーアーティストの方が高いのだ。これはチェンソー安全グッズの開発・販売という商機にもつながる。
 そこで必要なのが、チェンソーにかかわる関連業界の協力である。安全普及には、メーカーの協力なしには難しいからだ。
 今後チェンソーアーティストを、はっきりとチェンソー関連機材のユーザーと位置づけて、小売店や卸売店、メーカーが協力して安全普及対策を行うことが重要である。それはさらなるユーザーを増やして関連商品に大きな需要を生み出すに違いない。
 もしチェンソーアートを目的とするチェンソーの購入であった場合、使用に関する安全講習と基礎技術講習をセットにした講習会への参加をユーザーに求めるべきだろう。そのためには講習会を全国で定期的に展開する必要がある。興味を持った人が、気軽に参加できる体制にしておかないと講習を受けぬまま勝手に行う心配があるからだ。
 講習会のインストラクターの養成も急務だ。そこではプロのチェンソーアーティストが培ったノウハウを活かすべきだろう。また統一的なマニュアルを整備したり、認定制度を設けることも必要となるかもしれない。すでにチェンソーアーティストとして活動している人を招くほか、ショップやメーカーで専属のインストラクターを抱えるのも良いのではないだろうか。
 これらの活動の暁には、チェンソーアートの競技大会が全国で開催されるようになるだろうし、ショーなどのイベントや講習会、そして作品販売まで含めた広範囲なチェンソーアート業界も確立されるだろう。しいては森林産業(林業等)に活気をもたらし、山村地域の活性化にも繋がっていくものと確信している。
 チェンソーアートの普及は、安全と基礎技術の講習システムを機材と一体にしたソフトウエアとして販売すべきである。そうなればユーザーとの結びつきを強めた新しいビジネスが展開できるだろう。ソフト付きのチェンソー販売は、強力なビジネス・アイテムとなるはずだ。
 どんなスポーツや芸術にも「危険」という要素はつきまとう。その危険を克服するシステムこそ、大きく普及を拡大するとともに、新たなメリットを生み出す要である。

(以上)2004年10月

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協力:田中淳夫(ノンフィクション作家)
http://homepage2.nifty.com/tankenka

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